PHOTO GARALLY

LIVE REPORT

2015年8月9日
「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015」レポート

「生まれ変わったらポジティブになりたい」。出番の直前に、中川翔子は楽屋の中でそうつぶやいた。たった一人でステージに立つことへの恐怖を隠しきれない表情で、「(出演時間が)すぐに終わりますように」と何度も唱えるように吐き出していた。いざ本番の時。大きな深呼吸をついて、ゆっくりとステージに向かって行く。

“空色デイズ”のイントロの歪んだギターリフが1小節鳴った瞬間、会場から大歓声が湧き上がる。中川翔子は、自身の顔からネガティブな表情を取っ払い、PARK STAGEに飛び出す。華奢な身体からは想像もつかないパワフルな歌声と、「お前のドリルで天を突け!」といった男勝りな煽りで、1曲目から8,000人のオーディエンスのテンションを一気にピークに持っていった。その後、破天荒なMCを繰り広げ、しょこたん♥でんぱ組として発表しているTVアニメ『パンチライン』の主題歌“PUNCH LINE!”で、究極にガーリーな一面を見せつける。

中川翔子が『ROCK IN JAPAN FES.』に出演するのは、今年で3度目になる。今でこそ「中川翔子」の名前がタイムテーブルにあることに何の違和感もないが、初出演の当時は、今ほどアイドルの出演枠もなく、バンドばかりが並ぶラインナップの中で、その名前は少し異質のように見えていた。しかし、この日のステージは、その「異質さ」を、中川翔子がこの3年間で自ら取っ払ってきたことを証明するものだった。

思えば、ロックバンドがアニソンを歌ったり、アニソンアーティストと呼ばれる女性歌手がロックな楽曲を歌ったりすることは今や当たり前になっていて、「ロックファン」と「アニソンファン」のコミュニティーも相容れるものになっているが、「ロック」と「アニソン」の垣根を崩壊させた特攻隊の先陣を切ったのは、中川翔子なのではないだろうか。今年の『ROCK IN JAPAN FES.』においても、アイドルの多くがBUZZ STAGEに出演している中、PARK STAGEという主にロックバンドが出演するステージに登場した彼女。ここに集まっていた8,000人の熱狂っぷりは、中川翔子というアーティストが、もはやアイドルやアニソン好きの人たちだけのものではないことを証明していた。今、「中川翔子」の存在がこのロックフェスにおいて全く「異質」に感じさせないのは、彼女がアイドル性だけでないパフォーマンスをこの場で3年かけて見せつけてきたことと、彼女こそが、今の日本における「ロック」や「アニソン」の定義を拡張させてきた当本人であるからだ。

先ほど、「破天荒なMC」と記したが、ここに関してもしっかりと触れておきたい。この日の数日前に、セミの抜け殻を頭につけた写真がネット上で話題となっていたが、なんと彼女は1,000匹のセミの抜け殻を大きなクリアケースに入れてステージに持ち込んでいた。「ギザ! ギガント! トゥットゥルー!」といったお馴染みのコール&レスポンスを一通り終えた後、彼女はセミの抜け殻がぎっしりと詰まったケースをオーディエンスに見せる。そして、「昨年、セミの抜け殻をステージ上から投げたら、このフェスの偉い人に『ものを投げるな』って怒られて……なので、今年は、ここで自分が浴びようと思います!」と言った途端、1,000匹のセミの抜け殻を自ら頭の上からかぶったのだ。誰も予想していなかった前人未到の出来事と、年々来場者数が増えるとともに当イベントのルールや規制が厳しくなる中、定められた枠内でいかに遊んでやるかというパンク精神の爆発に、大きな拍手が湧き起こった。

彼女がセミの抜け殻を愛し、自らの表現ツールとして使うのには理由がある。幼少の頃からネガティブな性格で、「オタク」であることを受け入れてもらえない学生生活を経験し、「死にたい」とすら思っていた彼女にとって、生きるモチベーションとなっているのが、音楽やブログや絵といった様々な分野で最高の「生きた証」を刻み続けることである。そんな生き様を貫く彼女にとって、短い命をまっとうするために長年土の中で眠り続けたセミが、世界に飛び立った瞬間に残す抜け殻は、とてつもなく尊い「生きた証」であるのだ。ステージが終わった後、再び楽屋の外で1,000匹のセミの抜け殻に埋もれることを志願し、その状態の写真もネット上で話題となったが、はっきりと言えるのは、彼女は決してSNSのバズや笑いを狙ってその行動をとったわけではない。自身の表現欲と1,000匹の「生きた証」を同化させることで、命の儚さと尊さを自ら噛み締めつつ、世の中に伝えたかったのだろう。

ライブの終盤で、中川翔子は「生きてまたみんなの前で歌いたい!」と明るく叫んだ。最後は、<ドリームパワー!DreamDream(ドリドリ)パワー!! 夢見たときから始まるの>と、夢を持って生きることの楽しさを、何の恥ずかし気もなく真っ直ぐ歌う“ドリドリ”を披露。いつかは「死にたい」と思っていた人間が、音楽に救われ、今この瞬間、大勢の人たちの背中を押している。彼女自身、極度なネガティブ思考であることは、きっとこの先も変わることがないのだろう。でも、そんなコンプレックスを覆すために歌い続ける姿勢こそが、何人もの心を動かしている。自らの生き様を音楽でストレートに表現し、それが受け手にとっての生きる活力やヒントになっている。やっぱり、中川翔子の表現の核にあるのは、「アイドル」や「アニソン」の枠にはおさまりきらない、「ロック」なスピリットなのだ。

ステージの去り際に、「ものを投げるなと言われて、今年はかぶったから、もう次はないかもしれません!」と笑い混じりに言っていたが、10月に「ギザレンジャー」と呼ぶバンドを連れて全国ツアーをまわり、さらに自己流のロックな表現に磨きをかける中川翔子が、来年またここに帰ってくることを期待したい。

矢島 由佳子